企業や事業所の財産にもなり得る人材を事業推進のために活用するため、また、これまで以上により良い環境で働ける環境づくりのために構築されるのが人事制度設計です。近年の働き方改革やリモートワーク推奨の流れを受けて、人事制度を見直す中小企業や事業者も多くなりました。この記事では、人事制度設計の目的や流れにそった構築方法、また人事制度設計に活用できるおすすめのサービスをご紹介します。人材を生かした強い組織づくりや、職場環境づくりにぜひ役立ててください。
人事制度を設計する目的
人事制度とは、企業の「ヒト」に関連する規則やルールを指します。人事制度を設計する目的は、以下の通りです。
- 従業員の給与や昇給の基準の提示
- 就業の条件や仕組みの提示
- 事業戦略や企業理念の実行や推進
- 企業としての強い組織づくり
- 従業員が快適に働ける職場整備
人事設計を設計することでただ従業員を給与や等級で差別化するだけでなく、組織づくりや職場環境整備などの目的もあります。
近年注目されている人事制度
近年、働き方改革やリモートワークの推進などにより働き方も多様化しました。人事制度設計も従来とは異なるものが求められています。人事制度を新しく設計するとき、または既存の人事制度設計を見直すときに導入の選択肢となる、人事制度を紹介します。
成果主義
社員の能力や出した成果に応じて報酬を支払う制度です。おもに欧米型の人材マネジメントで採用されています。日本型の人材マネジメントは、高度経済成長期より長年能力や成果ではなく年齢に応じて地位や賃金が上がる年功序列制度が採用されてきました。グローバル社会やITの進歩が進んだ現代では、ビジネスの変化や事業の方向転換など企業にも柔軟な対応が求められています。そのため、従来の年功序列制度から成果主義への転換をはかる企業も増加傾向にあります。
1on1
1on1とは上司と部下が一対一で行う面談を指します。近年インターネットが普及したことを受けて、業務上での不明点や悩みなどの解決策も検索できるようになりました。部下自らが検索して問題を解決してしまうことも多く、上司からのコミュニケーションの機会も減っています。1on1は、従来型の上司からの一方的なコミュニケーションを見直し、上司と部下双方向型のコミュニケーションを取ることを目的に実施されます。
1on1で得られるメリットは以下の通りです。
- 部下の身体的または精神的な変化(特に悪いほうへの変化)を早期に察知して離職を防ぐ
- 組織内でコミュニケーションを取ることで、新しい価値の創成や組織力の強化につなげる
- 細かい目標を設定し、1on1ごとに進捗や達成を確認することで部下のモチベーションにつながる
1on1を行う頻度は週1回〜月1回、1回あたり30分程度としている企業が多いです。
360度評価
360度評価とは、1人の従業員に対して本人も含めた複数の立場の人からの評価を受ける制度です。多面評価とも呼ばれています。従来の評価制度として、上司のみが部下を評価する単独評価制度が採用されていました。ところがリモートワークの普及により上司と部下が直接接する機会が減少し、適切な評価が困難となる企業も増えています。360度評価を導入することで多角的な評価を受けられ、公平性を保てます。
360度評価で得られるメリットは以下の通りです。
- 多くの人から客観的に評価を受けることで、適切な評価につながる
- 自分自身を評価することで自分の持つ課題に気づける
- 評価する人材不足に対応できる
ノーレイティング
従業員のランク付けによる評価(レイティング)を用いない評価方法です。上司との面談や社員同士の会話など、コミュニケーションが評価基準となります。ノーレイティングによるメリットは以下の通りです。
- 外的要因による業績悪化時(従業員に非がない要因)に適切な評価ができる
- レイティングよりも柔軟な評価ができる
- 部下の評価に対する納得感が強いため、モチベーションにつながる
- 社内コミュニケーションの活性化につながる
リアルタイムフィードバック
業務ごと、または1~2週間に1度、月に1度など高い頻度でフィードバックを行い評価する制度です。半年~1年の長期的な目標設定と評価では、フィードバックの機会が少なく、部下が業務の内容や課題を忘れることがあります。フィードバックの頻度を増やすことでタイムリーな業務改善につなげられるでしょう。ノーレイティングの評価方法として併用されることも多いです。
リアルタイムフィードバックによるメリットは以下の通りです。
- 目標達成と評価の機会が増えるため、部下のモチベーションにつながる
- 目標や課題に対し具体性をもって仕事に取り組める
- コミュニケーションの活性化による一体感が得られる
- 事業やビジネスの方向転換時も柔軟な対応がとりやすい
人事制度の設計方法:設計フェーズ
人事制度設計は、人事制度そのものを作り上げる「設計フェーズ」と、完成した人事制度を導入する「運用フェーズ」のふたつのフェーズに分かれています。フェーズごとの人事制度の設計方法を流れに沿って解説します。
現状を把握する
自社の現状確認を以下の3つのポイントから行います。
- 企業理念の確認…人生制度設計は企業のビジョンや方向性を元に行われるため、企業理念を確認する
- 現状分析…社内の人事制度についての意見をアンケートなどで集計する。集まった意見を参考に現状を分析し、課題を洗い出す
- 改善策の導入…洗い出した課題から、具体的な改善策を出し人事制度設計に取り入れる
アウトラインの設計
人事制度は等級制度、評価制度、報酬制度の3つの制度から構成されています。企業の人事規約に基づいて、各人事制度の具体的な内容を決めていきましょう。なお、現状分析からアウトラインの設計まで、設計フェーズでは「⼈事戦略SWOT」「マトリクスによる多様な⼈材のマネジメント」「ミッション・マネジメント」「評価・処遇・育成・活⽤の4本柱」などのフレームワークを活用した設計も有効です。
等級制度
一定の分類基準によって、従業員を等級で振り分ける制度です。等級の基準となるのは課長、部長などの「役職」、営業職、事務職などの「職種」、企業や業務における「役割」の3つの観点で分類されることが多いです。等級は賃金管理や人材配置の基準として活用されます。
等級制度は社員の序列ではなく業務やキャリア上の成長段階を示すものとして設定することが重要です。ステップアップさせるためのコースや等級の上げ下げとなる基準(業績・成果、担える役割、能力)も同時に設計しましょう。
評価制度
評価制度とは、一定の基準(従業員の仕事への取り組み姿勢、能力、成果、貢献度など)により評価される制度です。基準の内容は企業によって異なります。従来は直接業績や利益に結びつく行動や目標達成が評価基準とされてきましたが、近年ではノーレイティングを評価制度に取り入れる企業も多くなりました。
報酬制度
従業員に対して支払う報酬を定める制度です。等級制度や評価制度で設計した内容を報酬へ反映し、賃金、賞与、退職金などの「金銭的報酬」と仕事や権限、学習機会などの「非金銭的報酬」さらに、交通費などの規定を定めます。売上や競合他社との賃金水準などを適切に見極め、バランスを考慮しながら誰でも分かるようにシンプルに設計しましょう。
人事制度の設計方法:運用フェーズ
人事制度設計が完了したら、人事制度を運用するフェーズへ移行します。
導入準備
新しい人事制度の運用にともない必要となる手順書やマニュアルを準備します。
リーガルチェックを行う
人事制度には「労働基準法」「労働契約法」などの多くの法律が関連します。さらに既存の従業員に不利になる人事制度の変更は不利益変更になり、法的なリスクを負う可能性があります。運用前に法律の専門家に設計した人事制度をチェックしてもらうようにしましょう。
各種制度を公表する
完成した制度を明文化し、全従業員に公表します。全従業員に平等に公表することで、新しい人事制度への支持や納得感を持つことにもつながります。導入前に繰り返し説明を行う機会を設けると、より効果的です。
人事制度への理解を深める
新しい人事制度の理解を深めるために、以下のような機会を人事制度に携わる立場の方に提供しましょう。
- 評価者…目標設定研修、評価研修、現場フォロー
- 被評家者…人事制度共有会
- 人事担当者…運用改善フォロー
制度の定着化
人事制度の運用が開始されたら、制度の理解が進んでいるかをアンケートや満足度調査などで調べましょう。人事制度は自社の経営理念に沿って設計されているため、従業員の意識変化の有無についてもあわせて調査します。調査結果によって人事制度の定着がしづらい要素があれば、分析し改善を行います。
人事制度設計を行う前に注意すべきポイント
人事制度は設計がスムーズにいかなかったり、導入後にうまく運用できないといった問題が発生することがあります。人事制度設計を行うまえに注意点を確認し、適切な人事制度設計を実現させましょう。
従業員の声を軽視しない
現在の人事制度を改正または再構築した場合、従業員から支持が得られないことがあります。同意や納得を得られないまま強制的に制度を導入してしまうと、従業員の不満が募って組織が崩壊する危険性もあります。人事制度設計はトップダウンではなく、従業員や現場の意見を十分にヒアリングしたうえで課題を把握、分析し新しい制度へ取り入れることが重要です。
会社のフェーズに合わせた設計をする
成長期の会社と成熟期の会社では採用すべき人事制度は異なります。以下のポイントから自社がどのフェーズにいるかを踏まえて、最適な人事制度を設計しましょう。
- 会社の規模感(従業員数、売上高など)
- 創業期、成長期、成熟期などの段階
会社のフェーズが変わったら、人事制度の見直しを検討するのも重要です。
社会環境に合った設計にする
人事制度の運用は、外部的環境(社会情勢)からも大きな影響を受けます。たとえば働き方改革や多様性が重視されている近年で、長時間労働の推奨や、個性を埋没させ均一化をするような制度は社会環境に反しています。社会情勢にも注視した人事制度設計を行うことで、優秀な人材の確保にもつながります。
自社の考えを必ず取り入れる
人事制度設計は決める事項が多く作業の負担も多くなりますが、他社の規定や書籍のテンプレートなどから流用して作ってしまうのは厳禁です。人事制度とは企業理念を元に構築した人的マネジメントの仕組みを制度化したものにあたります。他社の規定やテンプレートをある程度参考にするのは問題ありません。かならず企業理念を取り入れ、自社らしいオリジナリティのある制度設計を心がけるようにしましょう。
実行までの猶予期間を設ける
人事制度設計が完成しても、すぐの実行は難しいと言えます。完成後運用フェーズに移ってから従業員の説明や試験運用などを経るため、実際の運用には数年単位の猶予期間が必要な場合もあるでしょう。できるだけ早く運用をしたいなら設計を早める、従業員への説明を前倒しで進めるなどの工夫が必要です。
実行しやすい制度設計を心がける
制度の内容が複雑すぎて評価する側が理解できず運用できない、環境や戦略の変化によって都度制度を変更する必要があるなど、制度設計が完成しても運用が進まないケースがあります。実行しやすい制度設計を心がけましょう。
人事制度設計に役立つおすすめの手法やサービス
人事制度設計を自社で行うことに難しさを感じたときや、人事制度設計のサポートを受けたいときに役立つ手法やサービスを解説します。
人事制度設計ツール
人事評価や賃金設計に役立つソフトやツールを導入する方法です。代表的なソフトやツールには「賃金設計ソフト」「賃金改定シミュレーションソフト」「人事評価ソフト」の3つがあります。
賃金設計ソフト
賃金設計ソフトは、役割等級、能力等級、職務等級の各報酬制度で決めた基準から、賃金の設計ができるソフトです。それぞれの制度ごとに基準を入力すると等級制度をベースとした賃金表を作成したり、職務や等級別に要素でポイント化することが可能です。
賃金改定シミュレーションソフト
現在の賃金設計を変更しないまま、次年度の賃金改定のシミュレーションができるソフトです。基本給や時間外手当、休日労働時間、賞与などの賃金に影響のある項目ごとに変更したうえでのシミュレーションや、個別社員、全社員、一括変更後のシミュレーションもできます。時間外手当単価、時間外・休日労働手当、月間支給合計額からの会社負担社会保険料、労働保険料の自動計算などの機能もそろっています。
人事評価ソフト
人事評価ソフトは役割等級制度などをベースにした人事制度の設計や、実際の評価の入力ができるソフトです。職種や等級ごとに求められる役割や知識、技能などを表にして全社員へ提示したり、個別の社員への評価シート設計ができます。評価項目は自社に合わせてカスタマイズ可能です。
人事制度設計に関する研修やセミナー
人事制度設計のポイントや注意点、手法などを学べる研修やセミナーを受講する方法です。会場が定められていて対面で行う方法、社内に講師を招集して社内で開催する方法、zoomなどのツールを使ってオンラインで受講する方法があります。
人事制度設計コンサルタント
専門性と客観性をもって人事制度設計を進められる方法に、人事制度設計コンサルタントへの依頼があります。人事制度設計コンサルタントには、以下のメリット・デメリットがあります。
- 他社の事例が提供されるので競合の水準が分かる
- 経営層だけでなく人事担当者と連携しながら制度設計を行うため、人事担当者がプロのノウハウを吸収できる
- 丸投げはできない
- コストがかかる
- コンサルタントによって得意分野と不得意分野がある
人事制度の課題は企業によって異なります。依頼前に人事制度の課題を洗い出し、コンサルティングによってやりたいことを決めておきましょう。
人事制度設計や構築のアウトソーシング
人事制度設計や構築を社内で行うのが難しい場合には、アウトソーシングも可能です。特に中小企業や小規模事業所で経営者が人事業務や人事制度設計を行っている場合、本来の業務ができないといったデメリットが生じます。アウトソーシングすることで、コア業務に集中できるようになるでしょう。ただし、外部に人事業務を委託するため情報漏洩への対策や、委託先との認識がずれないようにすり合わせが必要となります。
制度設計をはじめ人事に関する課題解決なら「まるごとバックオフィス」
人事制度設計が難しい、または人事に関するさまざまな課題を持っているなら「まるごとバックオフィス」がおすすめです。人事制度設計のコンサルタントや設計フォローはもちろん、人事業務そのものをまるごと依頼することもできます。人事業務に本来の業務を圧迫されている経営者の方や、人事担当者の人手不足、人事業務の効率化などの課題解決に役立ちます。人事のほか、総務や経理、採用などのほかのバックオフィス業務の委託も可能です。
まとめ
人事制度設計の目的や設計、運営フェーズごとの設計方法、注意ポイントや人事制度設計に役立つツールやサービスを紹介しました。人事制度は企業の人に関する規定やルールを定めたもので、企業の規模や事業の方向性、社会環境などの影響によって制度の見直しや新制度の導入が求められることがあります。人事制度設計を適切、かつスムーズに導入することで、企業の財産である人が快適に働ける職場環境が整います。人事制度設計に役立つツールやサービスなども活用しつつ、優秀な人材の育成にもつながる人事制度を設計しましょう。
記事の監修者
【中小企業バックオフィス体制づくりのプロ】
株式会社バックオフィス・ディレクション 代表取締役 稲葉 光俊
中央大学経済学部経済学研究科(大学院)卒業後、事業会社にて管理部門のマネージャーとして株式公開(上場)準備作業を経験。 中小企業の成長に欠かせないバックオフィス部門(総務、労務、人事、経理、財務、法務、広報等)を責任者として統括し、事業会社の社内整備と仕組みづくりを行う。 2022年株式会社バックオフィス・ディレクションを設立し、地方中小企業を対象としたバックオフィス強化のためのコンサルティングやクラウドを活用したDX化および業務アウトソーシングを主にしたサービスを提供し、伴走型支援に力を入れている。